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金沢地方裁判所 昭和41年(行ウ)12号 判決

原告 株式会社竹中工務店

右代表者代表取締役 岩井金三郎

右訴訟代理人弁護士 北村利彌

竹下重人

戸田喬康

被告 金沢市長 徳田与吉郎

右訴訟代理人弁護士 松井順孝

主文

一、被告が原告に対し、別紙目録記載の建物に関し、昭和四一年一月三〇日付納税通知書によってなした

1、昭和三九年度固定資産税として五九一、九六〇円

2、同年度都市計画税として八四、五六〇円

を徴収する旨の納付の告知はこれを取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告

主文と同旨。

二、被告

(一)  本案前

1、原告の訴えを却下する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

(二)  本案

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、主張

一、請求原因

(一)  原告を請負人、訴外丸一産業株式会社(以下丸一産業という。)を注文者として、昭和三八年六月別紙目録記載の建物(以下、本件ビルという。)を建築する旨の工事請負契約が成立し、原告は右契約にもとづき同年七月着工し昭和三九年三月三一日右工事を完了した。

(二)  被告は原告に対し、主文第一項掲記の告知(以下本件告知という。)をなした。

(三)  しかし、本件告知には次の如き違法がある。

1、建物登記簿に登記されていない家屋を対象として固定資産税を課するためには、市町村長は調査のうえ家屋補充課税台帳に所定事項を登録しておかねばならず(地方税法四一七条・三八一条四項・三六八条)、右台帳に登録したときはその旨を所有者として登録された者に通知しなければならない(同法四一七条一項)ところ、原告は本件告知に先だって右通知を受けていない。よって本件告知は先行手続を欠く違法なものである。

2、本件ビル賦課期日たる昭和三九年一月一日現在においては、工事進行中の未完成のものであったから、地方税法三四一条一号に規定する課税対象たる「家屋」ではない。

3、仮りに本件ビルが課税対象たり得るものとしても、原告は昭和三八年一一月三〇日にその躯幹部の工事を終り、丸一産業に本件ビルの所有権を移転したから、原告は納税義務者ではない。

4、仮りに昭和三九年一月一日現在本件ビルが原告の所有であったとしても、請負人である原告は工事代金支払いの担保とし、注文者に引渡す目的のためにのみ本件ビルを所有していたものであって、そこにはなんら運用による収益が発生していないから、固定資産運用による収益の存在を前提とする固定資産税・都市計画税を課することはできない。

以上の次第であるから、本件告知の取消を求める。

二、被告の本案前の主張

被告は原告宛に納税通知書を昭和四一年二月一日郵便をもって発送していることは郵便発送控簿、郵便物発送伝票、賦課更正通知書によって明らかであるから、遅くとも同月四日には原告に送達されたものと推定される。しかるに、原告の異議申立は法定期間(三〇日)を経過した後である同年三月一〇日になされた。そこで、被告は右申立を却下した。

よって原告の本件訴えは前置手続を欠く不適法なものであるから、却下されるべきである。

三、請求原因事実に対する被告の答弁並びに主張

(一)  答弁

1、請求原因(一)項は認める。

2、同(二)項は認める。

3、同(三)項中1の事実は認めるが、その余は争う。

家屋補充課税台帳には当初所有者として丸一産業を登録したのであるが、後に原告に登録替えした。

(二)  主張

1、地方税法四一七条は縦覧期間以後における修正事項に対して納税者に審査の申出の機会を与えるための規定であり、同条所定の手続を欠いても被告は納税通知書を原告宛発送しているから事実上原告の利益を阻害せず、従って右手続の欠缺は本件告知の取消原因とはならない。

2、固定資産税の課税客体たる家屋は不動産登記法における建物とその意義を同じくし、少なくとも柱を建て屋根を葺きかつ外壁を塗りそれが独立して雨風をしのぎ得る状態に達していれば足りるのであるから、昭和三九年一月一日現在において主体構造部のコンクリートは勿論外周壁および外部建具の取付が完了し更に地上一階と地下一階の内装と設備工事が完了して使用しており、二階以上の内装と設備工事を残すのみの状況にあった本件ビルが、課税客体たる家屋に該当することは明らかである。

3、本件ビルは請負人たる原告が材料の全部を調達して工事を行い、昭和三九年三月三一日に丸一産業に引渡されたものであるから、同年一月一日現在の所有者は原告である。

なお、請負契約三一条の「工事施行済みのうち甲が乙に支払った金額に相当する部分は、その都度甲に所有が移り、乙は竣工引渡まで甲に移した部分も善良なる管理をしなければならない。」との特約は、その内容並びに同契約二一条一項との関連が不明確であり、また賦課期日現在までに支払われた中間払金は四、七〇〇万円のみで全工事の六五パーセントに相当する部分払いにすぎず、とうてい本件ビル全体の所有権が丸一産業に移転したとはいえない。

4、固定資産税は経常的一般財産税であって、当該財産の運用による収益の有無とは関係がない。

以上のとおりであるから本件告知は適法である。

四、被告の本案前の主張に対する原告の答弁並びに反論

(一)  答弁

被告が納税通知書を昭和四一年二月一日発送したとの点は争うが、その余は認める。

(二)  主張

1、被告作成の郵便発送控簿は不正確であって郵便物発送伝票等をあわせても地方税法二〇条五項所定の「確認し得る記録」とはいい得ず、従ってこれを前提とする同条四項の推定規定を適用することはできない。

2、原告が納税通知書の送達をうけたのは、昭和四一年二月九日である。

よって、原告の異議申立は法定の期間内になしたものであるにもかかわらず被告が誤って右申立を却下したのであるから、原告の本件訴えは適法な前置手続を経由したものというべきである。

五、被告の本案についての主張に対する原告の答弁並びに反論

(一)  答弁

1、主張1項は争う。

2、同2項中、昭和三九年一月一日当時の工事進捗状況が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

3、同3項中、昭和三九年三月三一日付で本件ビルが完工し丸一産業へ引渡したことは認めるが、その余は争う。

4、同4項は争う。

(二)  反論

1、地方税法四一七条一項の通知は、固定資産税の課税要件の一である価格の決定に関する争訟に重大な関係を及ぼす重要なものである。従って、家屋補充課税台帳への登録およびその登記事項の通知は固定資産税の課税処分の前提手続として不可欠のものというべきである。

2、固定資産税の本質は財産税ではなくその資産の運用によってあげられるべき収益のうちから租税を徴収しようとする収益税であって、地方税法三一四条一号にいう「固定資産」とはその性質に応じた本来の用法に従って長期間使用されるべきものとして所有されている財産をいうものと解すべきである。

従って、本件ビルの如く工事進行中の建築物は右条項にいう固定資産たる家屋ではなく課税対象ではない。

3、仮りに昭和三九年一月一日現在において本件ビルにつき課税対象たり得る部分があるとしても、それは一階および地下一階部分に限られるべきであり、右部分は昭和三八年一一月二〇日頃検査を経たうえで丸一産業に引渡されていたのだから、納税義務者は当該部分を所有し利用していた丸一産業であって原告ではない。

第三、証拠関係 ≪省略≫

理由

一、本案前の判断

地方税法二〇条四項は通常の取扱による郵便によって納付通知書などを発送した場合には「通常到達すべきであった時に送達があったものと推定する。」とし、次いで同条五項が「地方団体の長は前項に規定する場合には、その書類の名称その送達を受けるべき者の氏名、あて先及び発送の年月日を確認するに足りる記録を作成しておかねばならない。」と規定していることに鑑みれば、右四項の推定規定が適用されるためには同条五項所定の「記録」が作成されて現に存在していることを要すること勿論であり、また右推定規定の適用を受ける結果納税者が不服申立権のみならず結果的には出訴権まで失うに到ることがあり得ることを考えると、右五項にいう「確認するに足りる記録」といい得るためには、当該「記録」中の記載が一般に正確になされているのみならずその形式においても後日の改変を防止し、記載の正確性を担保するに足るものであることを要するものと解するのが相当である。

右の観点から被告指摘の郵便発送控簿、郵便物発送伝票および賦課更正通知書について検討するに、≪証拠省略≫によると、右郵便発送控簿に書類の名称として記載されているところの「令書」中にはいわゆる令書たる性格を有しない納付書、納入書も含まれている一方納付書がその本来の名称で記載されている場合もあること、書類の通数、郵便の種別の記載のないものも少なくない(≪証拠省略≫を対照すると、通数の記載のないものは例えば「ラーグ産業(株)」欄の如く必ずしも一通を示すものではなく、また郵便の種別についても特定のものを示すものではないことが明らかである。)のみならず、異種の書類が同種別の郵便に付せられることがあること、同種書類を複数人にあて発送する場合には受達者の氏名・あて先の個別的記載を省略し、逆に同一受達者へ異種複数の書類を発送する場合には各書類の名称の個別的記載を省略している場合があること、賦課更正通知書については郵便発送控簿中にはそれとの関連を示す表示もなく、しかも右通知書には作成年月日の記載すらないのみならずそもそも作成の目的を全く異にしているものであることの各事実が認められ、これらの事実に照らすと、被告の指摘する右各書類は文書の名称、あて先など所定の事項の記載の正確性を欠くものであって、到底地方税法二〇条五項の「確認するに足りる記録」とはいい難いものといわざるを得ない。

そうすると、同法二〇条四項の推定規定を援用することはできないところ、≪証拠省略≫によると、本件納付通知書は昭和四一年二月九日原告に送達され原告は本件告知のなされたことを知ったものと認められ、また原告が同年三月一〇日に異議申立をなしたことは当事者間に争いがないところであるから、原告の右異議申立は適法になされたものというべきである。

従って右申立を法定期間を徒過したとの理由で却下した被告の決定は違法であり、しかも≪証拠省略≫によると右決定は実質的に原処分たる本件告知の適否につき判断していることが明らかであって改めて原処分の適否を被告に審理せしめることは無意義であるから、かかる場合には原処分たる本件告知の取消を求める訴えは適法に前置手続を経たものと解さなければならない(行政事件訴訟法八条二項、最高裁昭和三三年五月二四日集一二巻八号一、一一五頁参照)。

よって、原告の本件訴えは適法である。

二、本案に対する判断

請求原因(一)、(二)項の事実は当事者間に争いがない。

そこで本件告知が適法になされたか否かを判断するに、原告が地方税法四一七条一項所定の通知を受けていないこと(請求原因(三)項の1)は当事者間に争いがなく、また≪証拠省略≫を併せ考えると家屋補充課税台帳には賦課期日たる昭和三九年一月一日現在においては本件ビルの所有者として丸一産業が登録されていたが、固定資産課税台帳の縦覧期間経過後の昭和四一年二月一日以降に原告に登録替えされたことが認められる。

ところで、未登記家屋の固定資産税の納税義務者は原則として賦課期日現在において固定資産課税台帳の一たる家屋補充課税台帳に所有者として登録されている者であるが(地方税法三四三条)、その後登録されている者が真実の所有者でないことが明らかになれば登録は改められ、後に修正登録された真実の所有者はたとえ賦課期日現在において未登録であったとしても賦課期日現在において登録されるべきであった者として納税義務者となることは言うまでもないところである。

しかしながら右家屋補充課税台帳の登録事項は関係者の縦覧に供しなければならず(同法四一五条)また本件における場合の如く登録事項の修正が縦覧期間経過後になされた場合には市町村長はその旨被登録者へ通知しなければならず(同法第四一七条)、右縦覧といい、通知といい、いずれも固定資産税にかかる固定資産についての固定資産課税台帳登録事項に関し納税者に対し不服申立の途を開いたものであって(同法第四三二条参照)課税の前提要件をなすものと解するのが相当である。従って仮りに原告が真の納税義務者であったとしても、前記のように家屋補充課税台帳の登録替をしただけで右通知手続の履践を怠った本件固定資産税の課税手続には重大な違法があるから取消を免れ得ず、また固定資産税の課税を前提とする都市計画税の課税も当然に取消されるべきこととなる。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件告知は取消すべきであって原告の請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 至勢忠一 裁判官 北沢和範 川原誠)

〈以下省略〉

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